HSPという人生

HSPという気質(仮)で成り立つ日常とそこから派生するあれこれを書きながら、人生やり直したいなというブログ。

始まり

わたしはどこに?
いつも思っていた。
自分探しをしたいわけではない。
失いたくないだけ。

敏感すぎる体質の人。
HSPという言葉を知ったのは、今年5月頃。退職して、2ヶ月ほどが経過していた。
みんなが働いてるのに怠けて遊んでいるかのような生活に罪悪感を持ちながら、ネット検索していて見つけた言葉だった。

チェック項目を見ながら感じたあの時の気持ちを、どう表せば良いのか。20数個の項目にほとんど当てはまった。

自分はこれだったのかと府に落ちて、思わず涙が出た。生きづらくて、苦しくて、とても疲れていた日々。

生きづらいのは人とうまく交われないからで。
交われないのは、父のモラハラや学生のころ受けたイジメ、過去の職場のパワハラ、セクハラが原因。
苦しいのは、自分が悪いと責め続けてきたから。
責めてばかりいたから、毎日疲れて仕方がないのだと思っていた。

敏感な反応を示すと、周りは嫌がることが多い。
神経質だとか、敏いとか、細かいとかウルサイとか。
だから隠した。感じる色々なことを。

わたしは転職が多く、ひとつの職場を退職するときは、もう二度と社会復帰できないのではないかと思うほどに疲れきって絶望していることが多かった。

今回も退職した当初は、ひどく疲れていて無気力になっていた。でもあまり自覚がなく、毎日10時間前後の睡眠を取らなければ起きられないことが続いて初めて気づいたのだけれど。

子供のころから、とにかく疲れやすかった。
そして、知らないうちに人の感情と自分の感情が混ざりあい、発言も行動も自分のものでなくなっていることが多かった。

これは、HSPの人でなければわからない感覚だと思う。
人の感情に左右され、振り回されやすい。
身近な人でもそうでない人でも、自分ではない人の感情に支配され、そして自分を失っていく。

苦しみだった。
人と接すれば接するほど、わたしがわたしではなくなる。家族でさえ、苦痛のもとになった。

消えていく自我。

自分が消えていくのにコントロールできない。

社会人の常識的な範囲で行われる同調とは異なり、自分がずぶずぶと溶けて原型が保てなくなるほど、人の感情やその場の空気に沿った言動をしてしまう。

HSPを扱ったとある書籍に書いてあった「自分と他人との境界線の薄さ」と「過剰同調性」という言葉によって、わたしの苦しみの正体に名前がつきあらわになり、救われた気持ちになった。そしてそれと同じくらい絶望した。

次の職場でも同じことを繰り返すのではないか。
そして、疲れに疲れて退職をするのではないか。
そういう人生しか、わたしには歩めないのではないだろうか。

もうすぐ40代に突入するときになって初めて、自分を理解できるかもしれない入り口に立って、でもこれからどうしていけばいいかもわからない。
こんな自分に先なんてあるのか。
どこに、突破口があるのか。

だから絶望をした。

働く気力も、社会になじめる自信もない。
社会に身を置いているときは、その場の空気を読みに読みまくって、カメレオンの擬態のごとく色を変えるから、うまくできているように見えるだけで。

わたしは、自分を保ったまま、社会に出て生きていけるのか。

若くキラキラしているはずの日々は、苦しみの中で過ぎ去った。何も楽しくなかった。

だがもう過ぎたものは仕方ない。

HSPを知った。
いまから生き直せるかどうか。
やってみるのも悪くない。
遅くたって、始めることはできる。
と、信じて進むだけ。