HSPという人生

HSPという気質(仮)で成り立つ日常とそこから派生するあれこれを書きながら、人生やり直したいなというブログ。

恋愛と結婚

わたしに恋愛や結婚は無理だと思う。

独り身なのは、理想が高いからではないかと昔はだいぶ言われたけれど。

理想なんて、挙げればキリがないのは誰でも同じではないかな。言わないだけで。
一番譲れない条件だけは合致して、付き合えたり結婚できたりしてるんじゃないかな。
あとは妥協とか。そういうのを耳にするときがある。ただ、ささいなことから発生するマウンティングを避けるためなのか、女性は自分や自分の周辺を卑下して語る傾向があると思っているので、妥協が本心なのかわからない。

理想はともかくも、大げさに言えば、わたしはいつも身近な人の言動の奴隷になってきた。
好意がある家族である友人である同僚であるなど関係性は様々で、度合いも色々。自分でも知らないうちに、相手の言動に左右され、無意識に従い、感情を同期してきた。

これをコントロールできないなら、恋愛も結婚もわたしのためにはならない。相手のためにもならない。

どうして彼氏がいないのと安易に聞いてくる人に言ってもわからないだろうから、「縁がなくて」と、散々使い古された言葉を吐き出す。

自分という人間の輪郭を保ったまま、人と深くつきあえるのか?まだわからない。

わからないけれど、無職であるいまこの休養期間が、他人と接する中で溶けてなくなった自分の輪郭を取り戻す時間になるのだと信じたい。

わたしは人と繋がれない人間だった。退職した会社の人の連絡先は知っていても、やっぱり繋がってはいない。親しくなれる人たちが羨ましかった。できない自分を責めていた。

HSPであること。
病気ではないけれど、一生抱えていく気質だということ。

これからは、深呼吸して冷静に自分の輪郭を確かめて、それから人に近づこう。相手の感情と混ざって自分を見失わないために。

これはわたしではない。ではわたしはどこに?ずっと昔から繰り返してきた。その答えを、いま知ろうとしている。

擬態

社会に馴染むとはどういうことなのか?

心と違うことを言う。
真意ではない相槌。
おせじ。

ワントーン上げて「○○ちゃん優しい~」と言うのも言われるのも、吐きそう。

何もかもすべて、そのたびに心が死んでいくから。

この間と違うことを言ってるとか、陰では悪口言ったり面白がったりしてるくせにと思いながら、耳障りの良いことを言われては、お礼を言って笑顔を浮かべる。

うんざりだった。
うんざりと思う自分の心が汚いのか。

真実だけが正しいとは限らない。
でも、嫌なものは嫌だ。

そんなことではやっていけないのだと、訳知り顔で言う人に問いたい。

心が死んで、食べて仕事に行って会社のためにと頑張って消耗するだけ消耗して、排泄して、寝て、また繰り返す。心が死んでいながら、どこへたどり着くために生きているというのか。

とはいえ、生活のために収入を得なければ。
でもじゃあ、生きなければその必要はないわけで。
極論、どうでもよくなる瞬間が多く訪れることになる。

それでも、地震で揺れたら安全なところに逃げなければと思うし、台風が来るなら備えなければとニュースで進路や大きさをチェックするし、ミサイルのアラートが鳴れば死ぬまでに何かを残したいと強く思う。だから本当は死にたいわけではないとわかっている。

いままでは、生きるためにその場その場で色を変えて溶け込む努力をしてきたけど、テレビで災害や政治的なニュースが報じられるたび、自分の擬態がむなしくて悲しくてばかばかしいものだとしか思えなくなってしまった。

馴染むためだけの人生に意味があるのか。退職してからずっと問い続けている。

始まり

わたしはどこに?
いつも思っていた。
自分探しをしたいわけではない。
失いたくないだけ。

敏感すぎる体質の人。
HSPという言葉を知ったのは、今年5月頃。退職して、2ヶ月ほどが経過していた。
みんなが働いてるのに怠けて遊んでいるかのような生活に罪悪感を持ちながら、ネット検索していて見つけた言葉だった。

チェック項目を見ながら感じたあの時の気持ちを、どう表せば良いのか。20数個の項目にほとんど当てはまった。

自分はこれだったのかと府に落ちて、思わず涙が出た。生きづらくて、苦しくて、とても疲れていた日々。

生きづらいのは人とうまく交われないからで。
交われないのは、父のモラハラや学生のころ受けたイジメ、過去の職場のパワハラ、セクハラが原因。
苦しいのは、自分が悪いと責め続けてきたから。
責めてばかりいたから、毎日疲れて仕方がないのだと思っていた。

敏感な反応を示すと、周りは嫌がることが多い。
神経質だとか、敏いとか、細かいとかウルサイとか。
だから隠した。感じる色々なことを。

わたしは転職が多く、ひとつの職場を退職するときは、もう二度と社会復帰できないのではないかと思うほどに疲れきって絶望していることが多かった。

今回も退職した当初は、ひどく疲れていて無気力になっていた。でもあまり自覚がなく、毎日10時間前後の睡眠を取らなければ起きられないことが続いて初めて気づいたのだけれど。

子供のころから、とにかく疲れやすかった。
そして、知らないうちに人の感情と自分の感情が混ざりあい、発言も行動も自分のものでなくなっていることが多かった。

これは、HSPの人でなければわからない感覚だと思う。
人の感情に左右され、振り回されやすい。
身近な人でもそうでない人でも、自分ではない人の感情に支配され、そして自分を失っていく。

苦しみだった。
人と接すれば接するほど、わたしがわたしではなくなる。家族でさえ、苦痛のもとになった。

消えていく自我。

自分が消えていくのにコントロールできない。

社会人の常識的な範囲で行われる同調とは異なり、自分がずぶずぶと溶けて原型が保てなくなるほど、人の感情やその場の空気に沿った言動をしてしまう。

HSPを扱ったとある書籍に書いてあった「自分と他人との境界線の薄さ」と「過剰同調性」という言葉によって、わたしの苦しみの正体に名前がつきあらわになり、救われた気持ちになった。そしてそれと同じくらい絶望した。

次の職場でも同じことを繰り返すのではないか。
そして、疲れに疲れて退職をするのではないか。
そういう人生しか、わたしには歩めないのではないだろうか。

もうすぐ40代に突入するときになって初めて、自分を理解できるかもしれない入り口に立って、でもこれからどうしていけばいいかもわからない。
こんな自分に先なんてあるのか。
どこに、突破口があるのか。

だから絶望をした。

働く気力も、社会になじめる自信もない。
社会に身を置いているときは、その場の空気を読みに読みまくって、カメレオンの擬態のごとく色を変えるから、うまくできているように見えるだけで。

わたしは、自分を保ったまま、社会に出て生きていけるのか。

若くキラキラしているはずの日々は、苦しみの中で過ぎ去った。何も楽しくなかった。

だがもう過ぎたものは仕方ない。

HSPを知った。
いまから生き直せるかどうか。
やってみるのも悪くない。
遅くたって、始めることはできる。
と、信じて進むだけ。